号 値段

 絵の値段で「号数」というのがある。「号××円」と言う。一号がハガキ程度の大きさで、六号だとA3ぐらい、百号となると襖一枚半ぐらいの大きさである。一号三万円だとしたら、六号で(三×六)=十八万円ということになる。しかし百号では三百万円にはならなくて、少し割安になる。
 「美術年鑑」という本がある。開いてみると美術家の名前でぎっしり埋まっている。値段の高い人は、号一千万円、公募展の有名な先生やお国から表彰されたような人が出てくる。六号程度でも六千万円の値段がつくこともある。ピカソやマチスの絵よりも高くなってしまう。一番安い作家が号二千円くらいだ(二〇一六年)。美大を卒業したぐらいのレベルの人だ。それでも六号で一万二千円する(銀座等で売られている実勢価格)。五十歳代の「新人」クラスの人の絵が、だいたい号一万円から三万円ぐらいだ。この「号いくら」はどうやって決められるのかと言うと、画商や出版社が「どこどこ展で受賞歴何回、あるいはテレビで話題になったから、号何万円だ」と決める。
その数字は確かなのだろうかと疑問を抱くが、歴史に名を遺すような人は別にすると、中には怪しい人もかなり居て、たとえば「美術年鑑に毎年掲載料を払ってくれているから号××円にします」など、作品の内容とは無関係な設定のしかたをしていることも多くある。
 実際に一枚の絵の価格はどのよう付けられるのだろうか。原価から考えてみる。まず、カンバス(あるいは紙など)、絵具、筆、額縁、紙などの画材費と、制作に要した時給。これらの費用は一般によく理解されているので、販売コストに入れても誰も疑念を持たない。しかしここからが重要だ。まず展覧会を開いて販売した場合には会場費(家賃)、画商の歩合費、運賃、カタログ、切手、ポスター印刷、葉書、広告宣伝費などがある。これらを絵の代金に加えると、かなりの額になってしまう。しかしまだまだ、もっと重要なものがある。画家が勉強に要した年月分の費用、無数の材料費、額縁、作業服、取材の場合は旅費、滞在費、人物画家のモデル代、専門書籍代、光熱費、税金、そして最も重要で忘れられているのがアトリエの家賃である。実際これらがすべて絵の原価となる。
 考えてみればこれらは美術業界だけの話ではなく、他のどの業界でも同様に商品原価に含まれている。さらに利益が加わっている。しかしこれらは常識的な計算なので、それほど法外な金額設定ではない。そう考えると、絵はそれほど高価ではない。量産が効かなくて一点ごとのハンドメイドだと考えれば妥当な金額である。
 私たちは円高のおかげで物品の安価に慣れてしまっている。絵も安く入手できそうに思えてしまう。しかし国内で作られたものは現在でも相応の価格なのだ。だからどうしても絵を安く買いたい人は、円高を生かして、たとえば海外の画家の絵などを買うと良い。
 美術年鑑での絵の値段は現在限定である。百年後の価格とか、これからの推移などは表示されない。ゆえに今高価でも百年二百年後には無価値になってしまっているかもしれないし、逆もある。たとえばかつての高名な画家の絵をネットで検索してみると、ヤフオクなどで「えっ!?こんな値段?」とあまりの安さに驚いてしまうだろう。
 世の中には絵を株券のように考えて買う人もいる。なぜ絵に投機的な要素が加わってしまったのだろうか。それは昔、ゴッホやセザンヌの天才を見抜けなかった人たちがその後反省をする。その後彼らの反省が過度になって、変わった絵や奇妙な絵も(きっと将来値上がりするに違いない)と思い込んでしまった。この時から絵は投機対象になったのだ。投機心から変わった絵に投資し、天才でもない人を天才にまで仕立て上げてしまったのだ。
 アメリカやヨーロッパでは、建築の際にその何パーセントかを美術品購入に充てるという法律がある。日本でもこのような法律が出来てくれないものかと希望しているが、実現の可能性は薄い。さてアメリカのような国は(こう言っては失礼だが)経済を主軸に置いた社会になっている。歴史も伝統も長くも重くもないので、時にはとんでもない低レベルの作品が高価格で取引されることがある。投機心も行き過ぎると滑稽となってしまう。絵を買う人は、好きで買うことが基本だと思う。
 (追記・二〇一三年)最近おもしろい話を聞いた。ある画家の八十号の抽象画が四百万円で売れたそうだ。滅多に売れない抽象画を、ポンと買ってくれた有り難いお客さんはインド大使館。値段をどうやって決めたかと聞いてみると、美術年鑑に号五万円とあったから、五×八十=四百万円と計算したそうだ。インド人は美術年鑑を信じているのだ。しかしインド人だけでなく、日本にも信じている人たちが居る。ある画家が亡くなった。ほとんど売れない作品ばかりが残された。画家の遺族は葬式等が終わってやれやれと思っていた。後日、ある日突然、税務署がやって来た。聞いてみると「故人の作品の評価額が美術年鑑に号何万円で載せているから、残された作品が百号×何十枚。よって相続遺産作品分が何千万円です。この分が申告漏れですよ」。遺族は相続放棄するわけにもいかず、作品も売れず、困り果てているそうだ。美術年鑑に軽い気持で載せると、とんでもない目に遭う。