画壇

公募美術展、コンクール、企画個展などをまとめて「画壇」と呼びます。アマチュア美術展や趣味のグループ展、個展などは除外します。

 

一昔前までは公募美術展の会員が「画家」と見なされていました。イバラの道をたどって会員になることが画家への道でした。

 

ある公募美術展で気に入った作品を見つけたとしましょう。後日その画家の個展を見に行きます。

そしてがっかりします。

「みんな同じ絵ばかりだった」と言って帰ってきます。

公募美術展では、たくさん並んだ中で目立つ作品がよく見えるのですが、個展では同じような作品ばかりが並ぶことになります。

 

一人の画家が公募展に入っても、毎年大作を発表しなければ組織内の地位を上げることが出来ません。地位が上がらなければ認められません。

皆が大作ばかり描くので、自分も大作を描かないと肩身が狭くなります。

地位と作品の板ばさみ状態になります。

本当は好きな大きさで好きな絵を自由に描きたいのだが、世間の人は肩書しか信用しないので、しかたなく彼は一時的な気持ちで地位を選択します。

やがて技術だけが達者で周りより目立つ大作を発表すればよいことを知ります。毎年同じ絵を展示していれば、自分のことを覚えてもらえます。

受賞すれば(これで良い)とばかりに、さらに同じような絵を描き続けます。

 

この悲しい現象の背景を考えてみました。

現代は企業の時代です。大企業の中の個人は、決められた役割の中で自分の任務を果たすことを要求されます。一人で総合的な仕事は出来ません。

これが絵の世界にも影響します。

一人の画家は一種類の絵を描いていれは組織内で自分のポジションを確保することが出来ます。常に新しい世界にチャレンジすることは、イメチェン(転勤)につながるので不利になります。

よって同じ絵ばかり描き続ける道を選択することになります。

 

本来絵が好きでこの道に入ったものが、やがて同じ絵しか描くことが許されない、まるで牢獄のような生活を送ることになってしまいます。

 

絵の基本は”表現の自由”です。

日展や院展のような有名公募展には出品希望者が集中しますが、無名の展覧会には応募する人は少ししか居ません。一応「審査」がありますが、実際には応募してきた人全員を入選させることが多いようです。

 

在野系の美術団体に所属している画家のうち、絵を売って生活している人はほとんど居ません。特に抽象絵画はほとんど売れません。

実力はプロながら経済的にはアマチュアがほとんどです。抽象系の絵画は一般に理解されません。

しかしそれらの方々は、絵を売らなくても「絵の先生」業や他の職業の収入で暮らしていくことが出来ます。

するとどうなるでしょうか。彼は理解されなくても「純粋な芸術」を追及することになります。

 

やがて彼の作品は”大衆からの乖離”現象を引き起こします。

 

銀座という場所は画廊が集中しています。なぜ銀座で個展を開催するのかというと、偉い人や評論家がまとめて一気に見ることが出来るからです。

銀座で個展を行うのは、一般にプロの画家です。プロの画家は銀座で画商主催の個展や企画展を無料で開いていますが、銀座でさらにもっと多いのが才能ある抽象画家とアマチュア画家です。

銀座の画廊の賃料は、安い所で一週間で10万円、高い所で150万円くらいです(2016年現在)。

無名の画家が一年かけて描いた作品をここで売ったとしますと、年収は最低でも200万円必要ですから、それだけ売らなければなりません。

ところが実際には悪くてゼロ、良くて合計20万円程度しか売れません。さらに原価や経費をプラスすると全く採算が合いません。

 

しかしアマチュア画家ならば販売が目的ではないので個展を開催できます。

 

今、絵が売れているのは、美人画家が描いた美人画。

二番と三番が、美人作家が描いた普通の絵と、美人を綿密に描いた一般画家の絵。

それ以外に売れる画家も居ますが、時には(どうしてこれが売れるんだろう?)と疑問を持つような絵もあります。どこかの投機筋が絡んでいる、みたいな噂はあります。

 

一番売れないのが自画像。たしかに何となくわかります。抽象画より売れないでしょうね。私も買いたくありません。しかし松井冬子や小松美羽が健全な技法で写実的に美的に自画像を描いたら、飛ぶように売れるかもしれませんよ(笑)。