|
|
| 公募展の心理(主にアマチュアサイドからの) |
私の絵画教室に絵を習いたいと言ってくる人の何パーセントかは中高年の方です。大方の中高年の方は「趣味で絵をやりたい」のような方々で、とても品が良く、礼儀正しい紳士淑女たちです。 しかし中には、二年に一人ぐらいの割合で、毛色の変わった中高年の方がお見えになります。 どのように変わっているかと申しますと、彼らの顔に「どこどこ美術協会の会員になりたい」と書いてある点です。 このような傾向は中高年の方に割と多くて、20〜30歳代の人には滅多にみられません。きまって中高年の方なのです。この現象を不思議に思って長年考えてきました。 そしてこの不思議が最近わかってきました。
人間には年齢に応じた理想像があります。 たとえば、子供たちの理想像は、強いことです。特に体力が強い人(子)に憧れを持ちます。ケンカが強くて体力が強ければリーダーであり、英雄であり、希望の星です。スポーツ界の英雄や超能力の漫画キャラクターなどに象徴されます。 青年の理想像は、出世した人、美しい人、裕福な人、誠実な人などでしょう。青年は知力の強い人に憧れを持ちます。社会に切り込んで生活を立てるような人に人気があります。 |
|
図は公募展風景です。図の展覧会は、文中の内容とは一切関係ありません。
さて、ここからが本題です。 中高年の中の、生活も安泰で、お金もそこそこある、子供にも恵まれた、今のところ病気もしていない、絵を描いてみると意外に描ける、のような方々に待ち受ける次の欲望が「名誉が欲しい」です。 絵を通して名誉が手に入るのならば、手に入れてみたい。そう考えて、やがてそれが目標となります。展覧会にも出品してみます。 ところが有力公募展の会員への道は平坦ではありません。やがて無理だと知った人たちは、地元美術団体などに流れて行きます。そしてやがて「評論家」になります。 「評論家」たちは、肩書で画家の価値を判断します。絵を見て内心良くないと思っても、立派な肩書がついていれば尊敬します。逆に良い絵でも肩書が無ければ軽蔑します。 狂った価値判断能力は、彼が大きな病気にでもならない限り回復しません。 絵が好きで始めたものが、気がついたら名誉が好きだった、という事態は至る所に見られます。絵を手段に使ったのでした。
しかしこれらは、子供が体力の強い英雄を崇拝するのと共通した、生物特有の心理(生理)ですから、決して非難できません。 付け加えて、これらの生理現象が真の芸術とは無関係であることは言うまでもありません。
|
|