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| 遠近法 |
絵画の遠近法を東西文化の捉え方の違いから考えてみました。 透視遠近法では、遠いものほど小さく、近いものほど大きく描かれます。空気遠近法とは、遠くに行くに従って淡く青く薄く描く方法です。写真遠近法とは、写真を基にした遠近法です。これらは私たちが日常見慣れている視覚に近いものです。 |
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ところが、絵にはこれらの遠近法とは違う、別のルールに従ったような遠近法があります。 「キュービズム遠近法」とは、図形同士の重なり合いによって遠近感(立体感)を描き出します。 「逆遠近法」とは、遠くに行くほど大きく、近いほど小さく描きます。絵巻や涅槃図などに見られます。どうしてこんなことになるのでしょうか。 人類初期の絵は儀式に使われた洞窟絵や宗教画です。絵画というのもは、画家の感動したものや、神や、偉い人や、要請された重要なものを大きく描きます。向
こう側にお釈迦様が居て、近くに弟子や獣たちが居るとしますと、仏は「偉くて重要」ですから、大きく描きます。しかし、いくら近くに居て体が大きいとはいえ、ケモノや弟子たちを釈迦より大きく描くわけにはいきません。そこで小さく描きます。これらをつなぎ合わせて一枚の図にすると、大小の遠近が逆になって
しまいます。この「逆に描く方法」は、影を描きたくない民族の嗜好と調和して、大発展を遂げました。私はこの辺が逆遠近法の起源ではないかと思っていま
す。 |
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ちなみに「遠近を感じさせる色」というのがあります(図の右)。普通は右列のようになるのですが、心理的には左列のようになります。黄色よりも赤の方が近く感じられるのは、それが血の色だからでしょう。
こちらが逆遠近法ならば、あちら(西洋)は正遠近法です。近くを大きく、遠くを小さく描きます。さきほどの「偉い人」を大きく描くということを、逆から考えると次のようになります。 西洋では遠くが最も重要でない。近くが最も重要である。では最も近いものとは何でしょうか?近景?いやいや、もっと大きいもの。 それは自分です。絵を見ている(描いている)自分です。 自分を最重要と考えるのが西洋人の基本的な考え方ではないでしょうか。現代人も同じかもしれません。ヒューマニズムとか個人主義という言葉が外国から出てきたことも自然の成り行きです。 |
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